ヒメカノ2 エロ漫画

ライフネット生命保険の会長兼CEOで、著書『仕事に効く 教養としての「世界史」』(祥伝社)がベストセラーとなっている出口治明氏。博覧強記の教養を経営に生かす出口氏の姿勢は、多くのビジネスパーソンから支持を集めています。そんな出口氏に「経営・組織」を考える上で重要な世界史の偉人を紹介してもらう当連載。背景にある世界史的な教養をレクチャーしてもらいつつ、現在に通用する実践的な経営論を考えます。

 

今回ご紹介するのは、中国で最高の賢帝と言われている、清の康熙帝(こうきてい)です。清は満洲族のヌルハチが建国しました。その次はヌルハチの子どものホンタイジが継ぎ、3代目には順治帝(じゅんちてい)が選ばれます。順治帝はホンタイジの第9子であり、後継争いのなか、6歳で皇帝に即位しました。その際に皇位を争ったドルゴンという叔父が摂政となり、政治を行いました。

 

青年時代の康煕帝 順治帝の後を継いだ康熙帝も、8歳で即位した幼帝でした。ドルゴンが好き放題していたのを見ていた順治帝の遺命で、誰か1人を摂政にすることは避けられ、4人の有力者が康熙帝に仕えることになりました。しかし、結局は4人のなかで権力争いが起こってしまう。康熙帝はそれを見ていて、子どもながらに「このままではいけない」と思うようになります。

 

しかし、迂闊なことをしたら自分が排除されるかもしれません。何しろほかにも、皇帝候補はたくさんいるのですから。そこで康熙帝は、モンゴル相撲に一所懸命取り組んだりするなど、馬鹿を装うようになります。政治に興味がないような振りをするのです。そして、15歳のときに隙を見て、オボイという一番の有力者をクビにしてしまう。「今度の皇帝はモンゴル相撲ばかりしていて扱いやすいな」と油断させておいて、瞬時に排除してしまいました。子どもの頃から、政治は、「周到に準備をして、やるときには一気呵成」ということがわかっていたのです。これは経営の鉄則でもあります。信の工程をそなたの思うようにはいきませんのだぞ。っていう感じで渡したいたちは漫画を読んでいるんです。